コピーとカバーの違い

先日、YouTubeで歌の上手な人が、有名な曲を「完コピ」して、歌っているのを聴いて、有名な楽曲を「カバー」するのと、「コピー」するのとはまるで違うなと思ったことがあります。

なんでこんなことを思い出したのかというと、最近面接をしていて、グッと来ない人の話は、なんでグッとこないんだろう?と考えていたからかもしれません。

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面接をしていて、メンバーと話していて、自分の言葉で話せていないな、ググっただけだな、と思う人の特徴として、一番大きいのが「コピー」しているからだと思います。

面接の話はわかりやすいと思います。

最近のエージェントは親切にも、面接対策を教えてくれて、「この会社にはこういうことを言った方が良い」というような、ある意味ハックとも言えるコツを教えてくれる。

そうすると、多くの人は、事前学習をして自分はどういおうかと考えてきて面接に臨むものです。

でも、本人の経験や心の底から湧き上がる感情でない言葉は、どこか薄っぺらく、本気を感じられません。

よく、ドラマなんかでも、不器用な主人公が憧れの女性に告白する。不格好だけど、響くような言葉を発するシーンを見たことがあるのですが、ああいうのは、心の底から湧き上がっている言葉だから伝わるし、響くのでしょう。

例えば、営業をしていて、先輩のプレゼンテーションを参考に提案書を作るとします。

その資料も切り貼りだけですますと、なぜか、お客様に手抜きが伝わります。

多くの場合、何が言いたいかわからなかったり、グッと来なかったりする。

これを解決する方法は、「コピー」するのではなく「カバー」することではないかと思うのです。

音楽アーティストが「カバー」作品を出す場合、大抵、そのアーティストの雰囲気に合わせてアレンジされているし、いいカバー曲は、初めからその歌手の歌だったんじゃないかと思うくらいです。

こんな感じで、面接の時も、自分の体験談とか、自分が本当に思っていることを載せて話す。提案の時も、自分が言いたいことを中心に先輩の資料を参考にする、というのであれば、「カバー」ができるのではないかと思う。

だから、決してググった内容をそのまま話してはいけないし、先輩の提案書もパワポでもらって切りはりしてはいけないのです。

ゼロから話を組み立てるところに、話の骨があり、骨があるからグッとくる。

そして、その骨は、経験や思いから生まれるものなのだと思います。